富岡製糸場とともに、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産の一つとして登録されている高山社跡を巡ってきました。
この記事では、実際に見学して感じた高山社跡の特徴についてお伝えします。
これから高山社跡を訪れたいと思っている方や、高山社跡について知りたい方は、是非参考にしてください。
また、同じく「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産として登録されている富岡製糸場と田島弥平旧宅についても見学録を記しているので、よければそちらも是非ご覧ください。(構成資産の一つである荒船風穴は改良工事中の為、工事完了後に訪問しようと思います)
高山社跡の概要を知ろう
高山社跡は、高山社の創始者である高山長五郎が蚕の飼育方法の改良を行った地です。(後に高山社は移転した為、ここ高山社跡は高山社発祥の地となります)
高山長五郎は、田島弥平が開発した「清涼育」の技法をもとに、湿度と温度管理を調和させた「清温育」という方法を高山社で開発しました。
この清温育は生糸の原料である良質な繭の安定供給を可能とし、富岡製糸場での生糸生産を支え、当時高級品であった絹の大衆化に貢献しました。
また清温育を学ぶために、高山社には全国から約2万名の生徒が集まり、さらに高山社で学んだ優秀な人物は指導員として全国へ派遣されました。
その結果、清温育は全国標準の養蚕手法として普及し、高山社は「養蚕の総本山」とも称されました。
このように高山社は、養蚕方法の研究開発拠点であったとともに、全国普及のための教育機関としての役割を果たし、その価値が認められて、国指定史跡、及び世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産として登録されました。
なお、富岡製糸場で当時の姿を模型で閲覧できますが、現存する建物は長屋門・焚屋・外便所の3つのみで(母屋兼蚕室は復元中)、高山社跡という名が示す通り、現在は多くは跡地として見学することができます。

高山社を代表する2名の主要人物
高山社跡について理解を深めるうえで知っておきたい主要人物である、高山長五郎と町田菊次郎について紹介します。
① 高山長五郎
高山長五郎は1830年に藤岡市高山に生まれました。
高山村の明主であった高山長五郎は、村の経済利益を上げる為に、収入が期待できる養蚕業に着目し、様々な研究を通じて、養蚕法「清温育」を確立しました。
1884年には自宅に高山社を設立し、養蚕技術の改良に励むとともに、全国各地から集まる生徒への養蚕技術の指導に尽力しました。
1886年に病没しましたが、藤岡の諏訪神社境内には高山長五郎の功徳碑が建てられています。
② 町田菊次郎
町田菊次郎は1850年に生まれ、高山長五郎の弟子となり、養蚕技術を修得して高山長五郎を支えました。
高山長五郎の死後はその遺志を継ぎ、高山社の二代目社長に就いて、清温育の更なる普及に努めました。
1901年には当時世界唯一である私立甲種実業学校の「私立甲種高山社蚕業学校」を創立し、技術改良と後進の育成に尽力するとともに、高山社の養蚕教師を全国へ派遣し、各地の農家経営の安定化に貢献しました。
高山社跡を散策してみた
高山社跡は最寄駅(JR八高線 藤岡駅)から約8kmの場所に位置しており、公共交通機関は利便性が良くない為、車で向かいました。
高山社跡駐車場に車を止めますが、駐車場の近くに高山社情報館があるので、事前知識を入れたい方は、そちらに立ち寄るのもよいでしょう。
高山社情報館の前には、高山長五郎と町田菊次郎の銅像が立っていました。

駐車場から高山社跡へは川沿いの遊歩道を歩いていきます。
自然溢れる場所にあり、時折、野生動物とも遭遇するようなので、多少注意しながら歩いていきます。

高山社跡に到着です。
高山社跡の入り口である石垣の上の長屋門が時代を感じさせます。
かつて全国から集った多くの生徒が、養蚕方法を学ぶためにこの門を潜っていたのでしょうね。

長屋門では係員の方が常駐しており、入場料500円を支払います。
また入場料の支払い後に、高山社跡に関する簡単な説明を受けます。
資料で当時の姿も見せて頂けました。

以下は母屋兼蚕室の跡地です。
訪問時は復元工事中でした。

復元工事は2028年頃に完成予定のようです。
跡地の前に掲示されていますが、以下のような姿に復元されるのでしょう。
まだ少し先ですが、復元が完了してから訪問するのもよいかもしれませんね。

以下は現存する数少ない建物の1つである焚屋です。
ここは生徒の食事を用意したり、入浴した場所であったと考えられています。

以下は桑貯蔵庫の跡地です。
桑は養蚕において蚕の餌として用いられていました。

このように当時の建物の多くは残っていませんが、随所に養蚕の痕跡をうかがい知ることができ、日本の近代養蚕業の発展を理解する上で貴重であることや、日本における養蚕技術普及への多大なる貢献をしたことから、現存する建物だけでなく敷地全体が世界遺産の構成資産、及び国指定史跡となっています。


敷地内には、高山社にまつわる様々な展示物もあり、高山社跡に関する理解を深めることができました。





遺跡自体はさほど大きくない為、1時間から1時間半程度あれば見て回れます。
また、高山社跡は山中にあることから、夏場に行くとやや虫が多く、また遺跡内に日陰も少ない為、比較的涼しい時期に行くのがよいでしょう。
同じ構成資産である田島弥平旧宅と同様に、知る人ぞ知る遺跡ではありますが、近代日本における絹産業の発展の歴史を知るうえで外せない遺跡の為、富岡製糸場とあわせて、是非訪問されてみては如何でしょうか。
この記事での紹介は以上です。
また次の旅でお会いしましょう!



