世界文化遺産 田島弥平旧宅を巡っていこう!

世界遺産

世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産の一つである田島弥平旧宅を巡ってきました。

この記事では、実際にこの目で見て感じた田島弥平旧宅の特徴をお伝えします。

これから田島弥平旧宅を訪れたいと思っている方や、田島弥平旧宅について知りたい方は、是非参考にしてください。

また、同じく「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産として登録されている富岡製糸場と高山社跡についても見学録を記しているので、よければそちらも是非ご覧ください。(残りの構成資産である荒船風穴は改良工事中の為、工事完了後に訪問しようと思います)

それでは旅のスタートです!

田島弥平旧宅の概要を知ろう

田島弥平旧宅は、幕末から明治にかけて優良な蚕種を清算する養蚕技法である「清涼育」を体系的に完成させ、規範となる養蚕建築を発案し、近代における養蚕飼育法の確立を図った田島弥平氏の旧宅です。

田島弥平旧宅は、この「清涼育」に適した住居兼蚕室であり、蚕の飼育に適した建物とする為に、瓦屋根にヤグラを取り付けた構造となっており、全国の養蚕農家の規範となりました。

田島弥平旧宅には、1863年に建築された主屋や蚕室建物跡、桑場、種蔵などが残っており、日本の近代養蚕業の技術発展を知るうえで重要な建造物であることから、国指定史跡になっているとともに、富岡製糸場とあわせて「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産として、世界遺産に登録されています。

田島弥平とはどのような人物?

田島弥平は田島弥兵衛の長男として1822年に生まれました。

弥平は信州や奥州伊達等の養蚕の先進地帯を巡り、養蚕技術の工夫に励み、自然飼育法が基本であった当時の養蚕技術に対して、1856年から自宅の養蚕建物を改良して養蚕の実験を行い、1863年に住居兼蚕室の主屋を建築しました。

また、1872年に「養蚕新論」、その7年後に「続養蚕新論」を著し、養蚕建物では空気の循環が重要であることを理論的に体系づけるとともに、日本各地から多くの研修生も受け入れ、全国への清涼育の普及に努めました。

さらに、ここ田島弥平旧宅がある島村地区の人々と協力し、養蚕業で日本最初の会社である「島村勧業会社」も設立しました。この会社は蚕種(蚕の卵)を販売する為の会社で、イタリアへ蚕種の販売を行いました。

田島弥平旧宅を散策しよう

田島弥平旧宅のある島村地区は、田島弥平旧宅をはじめ、数多くの歴史的建造物がありますが、今回は田島弥平旧宅案内所と田島弥平旧宅を巡っていきます。

東武伊勢崎線境町駅から無料シャトルバスが出ているようですが、私は富岡製糸場をはじめ、他の関連遺産もあわせて訪問したかった為、今回はJR本庄駅でレンタカーを借りて田島弥平旧宅に向かいました。
田島弥平旧宅付近には駐車場が無い為、近くにある島村蚕のふるさと公園の駐車場を利用します。

車を駐車後、まずは駐車場のすぐ近くにある田島弥平旧宅案内所に向かいます。
ここでは、田島弥平旧宅や世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」のパンフレット、更に田島弥平旧宅の解説パネル、田島弥平旧宅所蔵資料の展示等があり、田島弥平旧宅や絹産業に関する基本情報を知ることができます。
案内所は学校のような見た目ですが、これは旧境島小学校の校舎跡が使われているためですね。

館内で受付後、最初に田島弥平旧宅についての紹介映像を視聴します。

蚕や生糸、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」に関する展示もあり、実際に生きている蚕も見ることができます。
ここで生まれた生糸が、後に日本や世界の絹産業の近代化に大きく貢献していった歴史に思いを馳せつつ、これらの展示物に目が引かれます。

更に、田島弥平が著し、蚕の飼育法の普及に貢献した養蚕新論版木も展示されていました。この養蚕新論は近代における養蚕法の基礎を築いたとして高く評価されているようです。

また、田島弥平自ら設立に携わり、副社長として就任していた島村勧業会社に関する書物も展示されていました。この島村勧業会社は蚕種(蚕の卵)販売のために設立された会社で、その設立にあたっては渋沢栄一からも助言を得ていたそうです。

案内所での見学もひと通り済み、田島弥平旧宅に向かいます。案内所から旧宅へは徒歩5分くらいで到着します。正門から田島弥平旧宅の敷地内に入っていきます。

正門をくぐると田島弥平旧宅の主屋があります。この主屋は住居兼蚕室で、この主屋で近代養蚕法である「清涼育」が開発されました。
この日は中に入れませんでしたが、隔月(奇数月)第3日曜日に主屋1階の「上段の間」を公開しているようです。詳しい公開日は伊勢崎市HPに掲載されているので、そちらをご覧ください。

この田島弥平旧宅には、大正天皇の皇后である貞明皇后が視察のために行啓されています。旧宅の敷地内にはその記念碑もあり、当時のこの旧宅の影響力の大きさをうかがい知ることができます。

こちらは別荘です。この別荘は主屋よりも古く、田島弥平旧宅の中で最古の建物であると言われています。1階は家畜小屋、2階は養蚕に使う道具の保管場所として使われていたそうです。

別荘の別カットです。右奥には桑場も見えます。

敷地内をひと通り見て回り、東門から退場しました。
写真からは分からないですが、東門の方が車道に面しており、警備員の方もいるので、こちらの方が正門だと間違えそうです。

東門を出ると、記念碑と田島弥平旧宅の説明板がありました。私は正門から入場しましたが、予め説明板を読んだうえで入場したい場合は、東門から入場した方がよさそうですね。

ちなみに田島弥平旧宅はガイド案内も受け付けており、ガイドの方と一緒に回ると田島弥平旧宅への理解や魅力がより高まると思います。

富岡製糸場が有名なので、この田島弥平旧宅は陰に隠れがちで、知る人ぞ知る的な世界遺産ではありますが、絹産業の歴史に触れられる興味深い史跡なので、是非一度お越しになられては如何でしょうか。

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